LGBT当事者の友達にはどこまで共有するのか、異性愛者の友達にはどこまで説明するのか。レズビアンで同性パートナーと暮らす私が、カミングアウトで考えてきた「話す・話さない」のバランスについてつづります。
LGBTのカミングアウト。具体的に何を伝える?
私がカミングアウトの場面で話すトピックスは主に「性的指向」「性自認」「パートナーの有無」の3つです。ただ、全員に同じ内容を伝えているわけではありません。
LGBTのカミングアウト①性的指向
性的指向は「どんな性別の人に好意を抱くか」を示す言葉です。カミングアウトの場面では、この「恋愛の向き」をどう伝えるかが最初のポイントになります。
私は「レズビアンです」とはっきり明言したほうが伝わる場合を除いて、基本的には「恋愛対象が女性なんだ」とだけ伝えて、あとは相手の反応を見て必要な分だけを話すことが多いです。
というのも、性的指向は「説明しなければならないもの」とは思っていないからです。
私にとっては「女性が好き」という事実はごく当たり前のことです。「猫が好き」と言うときと同じくらいの温度感で、ラフに伝えたいのです。
そのため、細部まで懇切丁寧に語る必要は感じていませんし、細部まで説明しなければならないような相手には、そもそもカミングアウトをしません。
自分が安心できる範囲で、無理のない表現で伝える。それが私にとっての性的指向の共有の仕方です。
LGBTのカミングアウト②性自認
性自認は「自分の性別をどう感じているか」という、内面的な性のあり方のことです。
生まれながらの体の性的特徴とは必ずしも一致せず、男性・女性のどちらかにしっくりくる人もいれば、どちらにも当てはまらない、あるいは揺れ動く人もいます。
私は、性自認を「こうだ」とはっきり言い切れるタイプではありません。
シスジェンダー(生まれたときに割り当てられた性別に違和感がない人)ではないことは確かですが「自分はこれだ」と明確に定めているわけでもありません。無理に名前をつける必要も感じていません。
そのため、友達にカミングアウトするときも、性自認についてはあまり詳しく伝えないことが多いです。自分と同じようなセクシュアリティの人にだけ、深く話すスタンスをとっています。
それ以外では、相手に理解してもらうために無理にラベルを貼るより「今はこのくらいの感覚でいるよ」と軽く触れる程度にとどめています。
LGBTのカミングアウト③パートナーの有無
私には長らく一緒に暮らしているパートナーがいるので、カミングアウトするときに自分の性的指向はあえて名言せずに「今、女性のパートナーと暮らしているんだ」という伝え方を選ぶときがあります。
このようにライフスタイルを伝えるような言い方は、LGBT当事者だと告げるよりも重い雰囲気にならず、自然に受け止めてもらえるような気がしています。
ただ、今でこそパートナーの存在を自然に話すことができますが、パートナーがいなかった頃はそうはいきませんでした。
誰とも付き合っていなかった時期は、カミングアウトする際に「女性と付き合っていない状態でレズビアンと言っても説得力がないのでは」と悩んでしまうことがありました。
まるで「実績」がないと性的指向を名乗れないような気がして、自分自身をレズビアンだと証明しなければいけないような窮屈さを抱えていたのです。
だからこそ、パートナーがいない時期には、あえて自分の恋愛の話題に踏み込まないようにしていた面もありました。
今はパートナーがいることで伝えやすくなりましたが、それは説明や証明のためではありません。
私にとってパートナーの存在は、人生の一部であり、居場所です。
パートナーの有無は、誰かに納得してもらうための情報ではなく、大切な人に、大切な存在がいることをシェアするためのものだと今は思っています。
私のカミングアウト事情:LGBT当事者の友達の場合
最近、LGBT当事者の友達が増えて、これまで話せなかったようなことを自然に共有できる場面が多くなりました。同じような経験や迷いを持つ相手だからこそ、言葉を選ばずに済む安心感があるいっぽうで、相手も当事者だからこそ、少しだけ慎重になる瞬間もあります。
LGBT当事者同士でも「どこまでカミングアウトするか」は人それぞれ

LGBT当事者同士であっても「どこまでカミングアウトするか」は本当に人それぞれです。
性的指向については気軽に話せても、タチ・ネコといったベッドでのポジションや、揺れのある性自認のような踏み込んだ話題は、知り合ったばかりの段階ではあえて触れないことが多いと思います。
私自身も、当事者の友達が相手であっても、こうしたデリケートな内容は基本的に話しません。
相手が当事者だからといって、すべてを共有する義務があるわけではないし、むしろ距離感がつかめないうちは、話さないほうが自然に感じるからです。
信頼関係が築けた頃に「この人なら話しても大丈夫だな」と思えたら、少しずつ共有する。逆に、LGBT当事者であっても話したいと思わないなら、そのままで構わない。そう考えています。
カミングアウトの深さは「当事者同士だから」ではなく「その人との関係性」で決まるものです。
お互いの心地よさを尊重しながら、無理のない範囲で話すことを選べばいいと思っています。
相手が打ち明けたからといって、自分も話す必要はない
私は、相手が自分のことを率直に打ち明けてくれたとしても、こちらが同じ深さで話す必要はないと思っています。
カミングアウトは情報の交換ではなく、自分が安心できる範囲を自分で選ぶ行為だからです。
たとえば、過去の恋愛の細かい経緯や、どんな場面で自分が傷つきやすいかといった繊細な部分は、当事者同士であっても簡単には共有しない人が多いと思います。話すとしても、信頼関係が築けてからでしょう。
私は昔の恋愛でのつまずきや、トラウマにかかわるような話題は、親交が深まるまではあえて触れません。
少し前までは、相手が心を開いて自分のことを話してくれると、こちらも同じだけ自己開示しなければいけないような義務感を覚えた時期がありました。
相手の誠実さに応えたい気持ちと、自分のペースを守りたい気持ちがぶつかって、どこまで話すべきか迷ってしまったのです。
しかし、カミングアウトの深さは相手に合わせるものではなく、自分の心地よさを守るために選ぶもの。LGBT当事者同士であっても、自分のペースを大切にしていい。今はそう思います。
親との関係については信頼関係ができてから伝える
親との関係については、当事者同士であっても慎重に扱いたい話題のひとつです。
私は親にカミングアウトしたときこそ平和でしたが、その後の価値観のずれや会話の行き違いから関係がこじれ、今は一定の距離を保っています。
お世辞にも「家族仲がいい」とは言えず、必要最低限のやり取りにとどめているのが正直なところです。
ただ、このような事情を、まだ関係の浅い当事者の友達にそのまま伝えるのはためらいがあります。
相手が家族と良好な関係を築いている場合、私の話が重く響いて、逆に気をつかわせてしまう可能性があるからです。
家族との関係はデリケートで、複雑になりやすい話題だからこそ、信頼関係ができてから、もしくは似たような境遇の人に話すようにしています。
私のカミングアウト事情:異性愛者の友達の場合
異性愛者の友達にカミングアウトするときは、相手によって伝え方を少し調整しています。LGBTに関する知識が浅い人もあれば、知識はあっても実感がともなわない人もいる。そんななかで、私はどんなふうに自分のことを伝えてきたのかを振り返ります。
カミングアウトですべてを説明しなくてもいい

異性愛者の友達に話すときは、すべてを一度に説明しなくてもいいと思っています。
こちらが当たり前につかっている言葉でも、相手にとっては初めて聞く概念だったり、知識はあっても共感が難しかったりすることがほとんどでしょう。
また、一度に情報量が多すぎると、相手の理解が追いつかず、こちらも必要以上に疲れてしまうことがあります。
そのため、私は専門用語を並べて一気に説明することは避けて、相手のペースを見ながら必要な部分だけをゆっくり伝えるようにしています。
相手の理解度によって伝える内容を調整する
私が異性愛者の友達にカミングアウトするときは、相手の理解度によって伝える内容を調整しています。
たとえば「同性が好き」というシンプルな説明で十分な人もいれば、性的指向と性自認の違いといった内容を整理したほうが伝わりやすい人もいます。
また、セクシュアリティの知識があって、偏見のない相手なら、パートナーとの出会いやLGBTコミュニティの話など幅広く話せることもあります。
相手がどこまで受け取れるかを見極めながら、私自身が自然に話せる範囲を選んでいくことで、お互いに無理のない会話が生まれるのだと感じます。
踏み込みすぎる質問への「線引き」
私は、普段の相手の言動をよく観察して「この人なら大丈夫そうだ」と感じた相手にだけ、少しずつ自分のことを伝えるようにしています。
それでも、カミングアウト後に突然「ベッドではどっちがどの役?」といった踏み込んだ質問をされることがあります。
そんなときは、軽く笑って話題を変えたり「その話はもっと仲よくなってからね」と柔らかく線を引いたりして、自分の心地いい距離を守るようにしています。
カミングアウトは心地よさを大切に

LGBT当事者同士のつながりが増えると、初対面でも驚くほど率直に自己開示してくれる人に出会うことがあります。
心を開いてくれるのは本当にうれしいけれど、その温度感に必ずしも自分が合わせる必要はないと思っています。
異性愛者の友人に対しても同じで、相手の理解度や距離感を見ながら、話す範囲を自分で選べばいいと考えています。
「カミングアウト」という言葉をつかうと「大掛かりな宣言」のように聞こえることがあります。
しかし、私の場合は、ただ自分のことを話しているだけの感覚に近いのです。
相手がLGBT当事者かどうかに関わらず、どんな場面でも、自分が安心できる内容とタイミングを選んでいい。カミングアウトの深さは相手ではなく、自分の心地よさで決めていいのだと感じています。

